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幸不幸の玉入れ

人にはそれぞれ喜びと共に、悲しみや苦しみというものもあるでしょう。

個人が持つ悲しみや苦しみのそれぞれを、他人が軽々に推し量れるものでもありません。
その時の心情や精神によっても違う。
ある人にとっては小さきこととしても、人によっては耐え難く苦しいものである場合もまたあります。

で、とりあえずそれはさておき、その苦しみというものを、例えば、あの、運動会の玉入れとして互いを比べてみよう。
苦しみ、困難、障害の大小程度を数に換算して。

「さあ、いくよ」
「ひと~つ ふた~つ、み~っつ!」・・・・

「あれ、もうそっちは無くなったの?
あれ程、日々を溜息つきながら、愚痴りながらしていたのに。
私の方は、まだ山ほど残っている。
私の人生も、言いたいこと山ほどあったよ、あるよ。時に投げ出したいほどに大変なんだ」。

「じゃあ、今度は、幸せというものを玉に換算してみよう」
「いくよ」
「ひと~つ ふた~つ、み~っつ!・・・・」

「あれ!?幸せの玉ももう無くなったの?」
「こっちはまだまだ沢山残っているよ」
「苦しみの数より多いよ」
「小さな幸せも沢山見つけてきたからね」

愚痴の数が多い人は、幸せの数もまた少ないということ。
きっと見つけきらないんだ。
とりあえずプラスマイナスで「幸せ」の玉が多けりゃいいじゃない。
そう思えたら、きっとまた多くの幸せを見つけることができるよ。
そして、いつしか不幸のことは軽減されていく。

相談Dr.Next