お役立ちコラム

相続/「想いを伝える」

ご主人を亡くした和子さんのもとに、ある日、弁護士事務所から、「被相続人の相続財産を分割するため、共有相続人である和子さんが住む不動産を処分し換価したい旨」の手紙が届きました。
内容は、亡き夫の子らによる弁護士への遺産分割協議依頼によるものでした。
7年前、Xさんの後妻に入った和子さんは、夫の子には会ったことがありません。

それまでも、どちらかというとわがままで、子らの母である前妻の花子さんに苦労をかけてきた父の勝手な振る舞いに、子と父親の仲も悪く、花子さん亡き後、実家に寄り付くこともありません。
父が死んだ後、早々に財産を整理してしまいたいという思いも理解できます。

後妻となったときには既に身体が不自由だったXさんの身の回り世話を献身的にしてきた和子さんは、ある日突然の現実に戸惑いながらも、自分の身もまた遠慮する立場であることを感じて、住処の売却処分に応じることにしました。

それにしても幸いは、Xさんが和子さんを籍に入れていたこと。
結局その後、自宅は処分され、その他財産と共に法定相続分の権利を取得したことになります。
しかしながら、72歳という年齢になって、終の住処と思っていた場所を離れなければならない。
その心はいかほどかと察せられます。
数カ月後、その家を離れることになった和子さんは、友人を頼って隣町へ引越していかれました。

Xさんの「自宅は妻に相続させる」旨の遺言書でも遺していたなら(それでもいざ財産を分けるとなると状況による問題はありますが)。そして、そこにXさんの想いを付記していれば。
少しはお子さんたちもその気持を受け止めたかもしれません。
あるいは、今であれば、「家族信託」という形で承継方法を決めておくこともできます。
例えば、自分が死んだ後、後妻である和子さんが生きているうちは和子さんが自宅に住む権利を与え、和子さんが亡くなれば、Xさんの子供たちに戻すようにしておくことができます。

さて、和子さんが永久にその家を欲するようには思われず。また、子ども達も、父親との確執がいろいろあったとして、文面にその心象を汲み取って、今すぐに「処分して出ていってほしい」とも考えないのではないでしょうか。

ご存知ですか?「付言事項」という言葉。

「私は、長年連れ添った亡き妻花子というよき伴侶と、立派に自立して二人のよい子供たちに恵まれて、幸せな人生を送ることができたと心より感謝しています。

これまで私のわがままにより、母さんにも随分と迷惑をかけた。また、母さんが死んだ後、子の意見も聞かず。勝手に和子を入籍させたことで、君たちは父さんをいっそう憎く思っただろう。亡くなった母さんと二人で築いたこの住まいには、此処で育った君たちの思い出もいっぱい詰まっている。

後添えとなった和子には、身体的に不自由となった私の身の回りの世話を献身的によくしてもらっている。その和子のために、父さんに何かあったとき、和子の終の住処としてこの土地建物と、生活の糧としての少しばかりの現金を遺すことにしました。気兼ねなくゆっくりと老後を過ごしてもらいたいのです。その他、株や預貯金の総ては長男忠幸と妹の順子に相続させることにしました。

和子には、私の介護の苦労までさえてしまい、申し訳なく、心苦しく思っています。遠く離れている彼女の一人娘は独身で、和子を引き取る余裕などとてもないだろう。私亡き後、自分に何かあれば処分するもよし。この家を残してやることにしたのはそういう気持ちからです。みな理解してください。

忠幸、そして順子。よい人生をありがとう。」

~付言事項~
遺言に添える付言事項に法的効力はありませんが、遺言者の意思が尊重されて結果的に希望が実現されることがあります。遺言者の気持ちや想いを伝えるという意味では大切です。

遺言は本人が亡くなってから効力が発生しますが、この「付言事項的」をお元気なうちに形にできるのが家族信託かもしれません。家族信託契約に記す目的は、まさに付言事項的想いの部分。

<付記>
平成30(2018)年の相続法改正により、配偶者の居住を保護するために配偶者居住権制度が新設され、令和2(2020)年4月1日より施行されることになっています。
居住権の取得は、被相続人からの遺言(遺贈に限定。 ※特定財産承継遺言、いわゆる「相続させる」旨の遺言ではできない)、被相続人との間の死因贈与契約、共同相続人間による遺産分割協議または調停によってできます。
しかしながら、売却する場合、配偶者居住権を解除しなければ事実上、売却はできません。
妻が認知症で施設に入って売却したくても、妻との合意解除できなければ結局、成年後見を利用せざるを得ないことになります。
また、配偶者居住権を成立させなければならない状況にあっては、そこに相続間の関係に微妙さもはらんでいるようにも思え、遺された妻の生活や介護の課題を含めて、守る・活かす・遺す(承継)に柔軟性をもって対応できる「家族信託」の方が適する場合もあるでしょう。

相談Dr.Next